痔瘻
痔瘻とは
「痔ろう」は、直腸と肛門周囲の皮膚をつなぐトンネルができる痔のことです。 肛門周囲に膿がたまる「肛門周囲膿瘍(こうもんしゅういのうよう)」が進み、慢性化すると痔ろうになります。 痔ろうの主な原因は、下痢などによって肛門の組織に細菌が入り込むこととされています。
痔の手術って辛いって効くよね〜
僕は以前痔瘻の手術をしたんだけど、あれは辛いね。
ぼくの経験談を書いてみるね!
人生初の痔

あれは、たしか35歳前後の頃でした。
人生で初めての「痔(痔瘻)」になってしまった時のことです。
最初は違和感程度だったのですが、
あっという間に腫れがひどくなり、歩くのも辛いほどの痛み。
膿の袋が大きくなっていて、病院へ行く頃には、
改札で切符を落としても拾えないほどの激痛でした。
初診は、大阪市内にある個人の肛門科を受診しました。
先生に患部を見せると、
「何もしなくても、たぶん今日か明日には膿の袋が破裂して楽になると思います。
ここで膿を出すこともできますが、どちらにしますか?」
と聞かれました。
結局ぼくは、「自然に破裂するのを待つ」という選択をしました。
先生からは、
「一旦は楽になりますが、その後ちゃんと手術を受けた方がいいですよ」
というアドバイスも。
その日の夜、予告通りに膿の袋が破裂しました。
痛みは嘘のように引いていき、ようやく普通に歩けるように。
あの時の「楽になった…」という感覚は、今でも忘れられません。
京都 山科の病院を再診察

痔瘻の手術を受けたことのある友人から、
「山科にある洛和会音羽病院の肛門科がいいよ」と教えてもらい、
ぼくもそちらで手術を受けることにしました。
手術前の検査なども含めて、3日間の入院。
手術は全身麻酔で行うとの説明を受けました。
この頃にはすでに膿も抜けていて、あの激痛からは解放されていたので、
「これでようやく完全に治る」と安心していました。
ところが──
手術後、待っていたのは地獄のような日々でした。
麻酔が切れてからの痛みは想像以上で、
トイレに行くたびに冷や汗が出るほど。
「こんなに痛いのか…」と、心の底から思いました。
手術入院
入院初日 〜手術前日の流れ〜

入院初日は、血液検査やMRIなどの必要な検査を受けました。
一通りの検査が終わるまで、だいたい半日ほど。
それ以外は特にやることもなく、
病室でゆっくりと過ごさせていただきました。
細かい部分は正確には覚えていませんが、
たしかその日の夜食からは絶食だったと思います。
ただし、水はOK。
翌日のお昼に手術予定だったので、
とにかくお腹が空いて仕方なかったことだけは、今でもよく覚えています。
夜には、安定剤と、たしか下剤を服用。
「いよいよ明日か…」という少しの緊張と、
どこか安心感の入り混じった気持ちで、眠りにつきました。
手術当日 〜麻酔へ沈む瞬間〜

いよいよ手術当日。
朝になると、手術室の看護師さんが呼びに来られ、
徒歩で手術室まで向かいました。
扉をくぐり、手術キャップをかぶって、
名前や生年月日などの最終確認を行い、いざ手術室へ。
全身麻酔とはいえ、このあたりから緊張はピークです。
手術台に上がると、これまでにサインしていた承諾書の内容を思い出しました。
「研修生が全身麻酔を入れる針を挿入してもいいですか?」
という項目に同意していたので、研修生の方が担当することに。
ところが、この針がなかなかうまく入らない。
普段の採血では、「見事な血管ですね!」と言われるほど血管が浮き出ているタイプなのですが、
点滴用の針は長いため、血管の中にある弁に当たってしまうそうです。
その弁が少し硬いらしく、針がなかなか進まないとのこと。
場所を変えながら、軽く5か所ほどトライしても針は入らず……。
さすがに先生方も無理だと判断されたようで、
最終的には別の先生が登場。
通りやすそうな場所を探してくださり、
見事に一発で成功しました。
「それでは麻酔を入れていきますので、ゆっくり数字を数えてくださいね」と言われ、
テレビでよく見るような酸素マスクを口元に当てられます。
「どれくらい耐えられるかな」と、少しだけ挑戦してみようと思っていたのですが──
「いち、に…」
そのあたりで、一気に眠りの世界へ引きずり込まれました。
あの感覚は、不謹慎かもしれませんが、
なんとも言えない心地よさがありました。
手術後の目覚めと激痛の現実

次に目が覚めた時には、すでに病室のベッドの上でした。
酸素マスクをつけた状態で横になっており、「あ、終わったんだ…」とぼんやり思ったのを覚えています。
どうやら、手術が終わってすぐに意識の確認をしてから病室に戻るそうなのですが――そのあたりの記憶はまったくありません。
気づいた時にはもう、すべてが終わっていました。
そして、意識がはっきりしてくるにつれて、じわじわと手術箇所の痛みが襲ってきます。
あまりの痛さに耐えられず、看護師さんにお願いして点滴に鎮痛剤を追加してもらいました。
しばらくしてようやく落ち着き、軽めの食事を摂らせていただきました。
翌日が退院予定だと聞かされていましたが、心の中では
「これ、ほんとに帰れるの…?」
というレベルの痛みでした。
術後の経過
退院と、その後に待っていた地獄の日々

翌日、予定通り退院となったのですが――
普通に歩くことはまず不可能。
一歩一歩、体を支えるのがやっとで、帰りの電車でも座ることができませんでした。
痛み止めはもらっていたものの、術後の痛みは想像をはるかに超えていました。
まさに「地獄の始まり」という言葉がぴったりです。
退院後の生活で一番つらかったのが、毎日やってくる排便。
恐怖と痛みで体がこわばる中、それでも避けることはできません。
済ませたあとは、イソジンを薄めた消毒液を使って、簡易ウォシュレットのようなもので傷口まわりを洗い、消毒を行います。
手術の際に、痔瘻の箇所はゴムのバンドで縛ってあり、
通常であれば時間の経過とともに自然に取れるとのことでした。
ただ、万が一一定期間を過ぎても取れない場合は病院へ来てくださいと言われていて――
残念ながら、ぼくの場合は取れず。再び病院へ行くことになりました。
その時に行われた抜糸が、もう本当に地獄。
今まで経験してきたどんな抜糸よりも痛く、
終わった瞬間には、自然と涙が出ていました。
さらに追い打ちをかけるように、
取れなかったゴムバンドは後日再手術で取り除くことに。
この再手術もまた、言葉では言い表せないほどの痛みでした。
日帰りでの再手術と、ようやく迎えた「卒業」

今回の再手術は日帰り手術でしたが、しっかりとしたオペ室で行われました。
手術着に着替え、看護師さんに付き添われながら歩いて手術室へ。
手術台は、まるで産婦人科で見かけるような「仰向けで脚を開く台」をうつ伏せにして使うような形で、そこに寝かされます。
今回は局所麻酔。
肛門付近に直接麻酔を打っていくのですが――
これが、かなり痛い。
「麻酔が効くまで少しおきますね〜」と言われて待機し、
「では、手術を開始します」と始まったものの……
めちゃめちゃ痛い。
あまりの痛みに耐えきれず、思わず「すみません、めちゃめちゃ痛いんですけど」と伝えると、麻酔を追加。
それでもまだ痛みは残り、再び「すみません、やっぱり痛いです」と訴えました。
すると先生が一言。
「耐えれそうな痛み?」
「……耐えれなくはないです」と答えると、
「じゃあ続けますね」と手術はそのまま続行。
心の中で「マジか〜」と思いつつ、必死に耐え抜きました。
そして、なんとか手術は無事終了。
数日後、排便時にゴムが自然に落ちた瞬間は、
思わず声に出してしまうほどほっとしたのを覚えています。
最終チェックのため再び病院を訪れ、
先生から「もう大丈夫ですね」と言われた時には、心の底から安心しました。
――ようやく、長かった痔瘻との闘いに終止符。
無事、卒業です。
数年後、まさかの再発…?

あれから数年――。
ある日、何やら嫌な痛みを感じるようになりました。
「まさか…」と思いながらも、念のため肛門科を受診。
診察の結果、ひとつは内痔核とのこと。
こちらは薬で治療できる軽いものでした。
しかし厄介だったのが、以前の手術箇所の近くに再び軽い痔瘻ができていたという点。
血液検査など細かい検査をしていただいた結果、
「今すぐ手術が必要というわけではないけれど、いずれは手術したほうがいいですね」
との診断でした。
しばらく様子を見ながら、タイミングをみて手術を受けようと思っています。
2025年10月現在
幸いにも、今のところ再手術はせず、
特に痔の症状もなく普通に生活できています。
もう、あの手術後の地獄のような日々は――
本当に、二度と味わいたくありません。
最新の治療法と費用について
今回、診てもらったのは大阪市内にある肛門科クリニック。
ネットで評判を見て訪れたのですが、診察の際に驚いたのは、
僕が以前受けた手術法はすでに古いと言われたことでした。
そのクリニックでは、より新しい手術方法を採用しており、
なんと日帰り手術で済み、術後の痛みもほとんどないとのこと。
ただし――この手術は保険適用外。
実費治療で、確か25万円以上だったと記憶しています。
正直、金額だけ聞くと高く感じますが、
あの地獄のような手術後の痛みと日々を思い出すと、
25万円でも安いと感じるほどです。
それくらい、あの経験は本当に辛いものでした。
ちなみに、大阪駅付近にある「大阪中央病院」の肛門科も
評判が良いそうなので、気になる方はそちらも検討してみてください。


